まるえのふんふん帳

子育てとカメラと時々キャンプ

言語療法と娘

 年長の頃通っていた感覚統合療法は、ほぼ体を動かすもので、机での作業はほとんどなかった。娘には、手先の器用さよりも、先に体幹を鍛える方がより脳に刺激を与え、ことばの遅れの改善にも繋がるというお話だった。結果的に、娘にはこれで良かったと思う。本人は体を動かすことが好きだったからだ。短めのターザンロープやボールプール、ブランコなど、こどもの気を惹く遊具を使って指導してくれるところだったので一回も嫌がることなく通えた。ブランコや滑り台くらいは近所の公園にもあるが、遠心力を体感できる地球儀や高い位置から普段とは違う景色を見渡せるジャングルジム、落ちたら足がジーンとなってしばらく歩けないくらい高いうんていや鉄棒などの所謂殺人遊具はそうそう見かけない。こどもが危険性や自分の限界を知る機会は昔ほどないのかもしれない。というより、変わっていくのだろう。遊具にしたってここ数十年あったというだけでそれ以前のこどもがまったく遊ばなかったはずがない。今は、ボールで遊べる公園すら少ないけど、めんこやベーゴマ、ゴムとびでもすればいい。やりかた知らんけど。

 

 先週から、ようやく娘の言語療法が始まった。なんやかんやで半年ほど空きを待っていた。名前を呼ばれて、担当の先生とおしゃべりしながら個室へ向かう。先生の質問よりも通路に貼られた人気アニメのキャラクターが気になって返事になってない。先生が歩み寄って「このキャラクター好きなの?」と問うと「うん、すき」と答える。

 これでも以前に比べればまだ随分と成長している。以前なら、耳よりも目から入ってくる情報を無意識に優先して、ただ自分が言いたい時に言いたい事を言うだけだった。相手の言葉は耳に入ってすらなかった。そして、毎回思う。娘は発達障害なのだ。それでいろいろ遅れたりできないことがある。しかし、人の話聞いてない大人なんて結構いるぞ!特におじさん!聞いてきたくせに聞かず、聞いてもないのに言いたいこと言うという曲者だぞ!それに比べれば、よっぽど人の話に耳傾けれるようになったよ、えらいよ、娘!母は邪魔しないように見守ってるよ!など内心思ってるうちに、個室に着く。先生と娘は机に向かって座り、私は少し離れた席で見守る。基本的に私は先生に聞かれるまでは黙って見ているだけだ。先生がメモ用紙を取り出し、今日やることを書いていく。こうすると見通しがたって安心して集中できるそうだ。うちでもやろう。

 

f:id:marui_marue:20210610124617j:plain

ひとつ終わるごとにはなまるを欲しがる。なんなら自分で書く。

 

 

先生「じゃあ先生がいろいろ聞いていくね。まるかちゃんは、どこの小学校に行っていますか?」

娘「一年一組」

先生「うーん、なに小学校かな?」

娘「一年一組」

そう、娘は小学校名を覚えていない。そりゃそうだ。なかなか言う機会ないし。

先生「じゃあ担任の先生の名前はなんですか?」

娘「◯◯先生」

入学して一番に覚えさせたのが担任の先生の名前だった。困ったら◯◯先生に聞きなさい、と具体的な指示の方が彼女は動きやすいからだ。

先生「お友達の名前教えてくれる?」

娘「うん、たろうくんとはなこちゃんと

私が知らないおともだちの名前も覚えてる!すごい!年長の頃は同じバス停の子の名前しか覚えてなかったのに!それも何回も繰り返し教えた結果だったのに!今夜はお赤飯や!()

先生「学校は楽しい?」

娘「うん」

なら良かった。毎日、学校から帰ってきて、今日学校でなにしたの?と聞いてみても「給食食べたor給食当番した」くらいしか返ってきたことがない。おそらく言葉にしやすいことを教えてくれてるんだと思う。授業でしたことを簡潔に説明するのはそう易しいことではないのだろう。そして関心度がもっとも高いのが給食なんでしょう。さすが我が娘。楽しんで通ってくれるなら何よりだ。

 次は、カードを使ったクイズ。カードには動物や食べ物などが一つずつ描かれている。娘の前に4つほど並べる。「鼻の長いどうぶつはどれ?」「赤くて甘いくだものはどれ?」などの質問を投げかけカードを取らせる。続けて、カードは片付けて、同じような質問をし、口頭で答える。これくらいなら家でもできそうだが、質問を考える方が大変そうだ。

 おおむね正解し、つぎに、おうむ返し。4桁の数字から始まり、短い文章、長めの文章をおうむ返しする。娘は助詞の使い方が苦手で、長文になるほど、それが顕著になった。

 最後に部屋を変えて、トランポリンや滑り台などで遊んで(?)終了。娘は遊びたりなかったようだが、次回のお楽しみということでなんとか納得してくれた。

 ひとつひとつはそう難しくないし、家でも真似してできそうなこともあるが、大きく違うのは邪魔や誘惑がないというところだ。家にいるとおもちゃやテレビなどがどうしても目に入る。机まわりだけでも片付けて排除しても弟が騒いでくる。年少の息子が1時間も静かにするなんて寝ている時以外ありえない。そして彼女は耳から入ってくる情報に敏感だ。人の質問が耳に入らないのに矛盾しているようだが、シングルタスクで且つ集中力がないと考えればある程度合点がいく。娘がひらがなの宿題をしている時はおそらくそんなにメモリを使っていないのだ。構ってもらえなくてスネた息子が小声で悪口を言ってもしっかり聞こえてプンプンする。最近はそんな状況に負けないように、試しにひらがなを読みながら書くようにしてもらっている。これで彼女のメモリは声に出して読む・書くのタスクでいっぱいになり雑音に邪魔されにくくなった。そして、息子には紙と鉛筆を与え自由におえかきできるようにした。かの有名な王蟲のような顔付きのあんぱんまんをいっぱい描いてくれる。しばらくはこれで様子見だ。

 私の母の言っていた「子育てはだんだん楽になってくる」という言葉を信じてここまでやってきたが、今は懐疑的だ。手間の内容が変わっただけで楽になってるかしら??するとまた脳内母が「子育ては楽しんだもの勝ちよ」と言ってくる。誤魔化してない?もしかして、私まだ、子育てされてるんじゃなかろうか。